hukaginoninnsikiの日記

明白で疑うことのできないほど明確な認識を追究する

「私は存在する」この命題を否定することはできない

「私は存在する」この命題を否定することはできない。

否定するには3つの要素が必要である。

否定する対象、否定する主体である自己、否定そのものである。

否定しようとするとき、否定する主体である自己は存在していなければならない。

もしも、否定対象として自己の存在を選んだら、

自己は存在しないと主張することとなり、

主体として存在しなければならぬ自己が存在しないという矛盾に落ちてしまう。

ゆえに自己は存在する。

「私は存在する」この命題を否定することはできない。

意志の自由が発揮される思考の中でただ一つ不可能であること、

それは、自己の存在を否定することである。

 

ここでいう自己は思考における自己すなわち魂である。

目に見えない魂は目に見えない性質を保持し続ける。

目に見えない性質は変化しない。

ゆえに魂は不変である。

肉体が死ぬとき、自己は存在する。魂は存在する。

肉体が生まれるとき、自己は存在する。魂は存在する。

常に自己は存在する。常に魂は存在する。

ゆえに前世が存在する。過去生が存在する。未来世が存在する。

人は輪廻転生を繰り返している。

前世記憶は存在する。

前世療法は存在する。

あの世は存在する。

死後の世界は存在する。

幽体離脱は存在する。

 

見たところ私は物体である。私の魂は目に見えない。

私は肉体と魂である。

見たところ宇宙は物体である。宇宙の魂は目に見えない。

宇宙は肉体と魂である。

宇宙の魂を唯一の神と定義する。

唯一の神は存在する。

私の魂は唯一の神の一部である。

私の魂は唯一の神と一体である。

私の魂は唯一の神の分霊である。

私の魂は唯一の神の似姿である。

私の魂は唯一の神と共同創造する。

私の魂は唯一の神の子である。

唯一の神は思考により創造する。

唯一の神の子は思考により創造する。

ゆえに思考は現実化する。

 

私の魂は唯一の神と一体である。

何物よりも私の魂の近くに唯一の神が存在する。

ゆえに私の魂と唯一の神とは親密に語り合うことができる。

私の魂と唯一の神は肉体よりももっと近くに親密に存在している。

すべてが神で出来ているのであり、神は愛であり、光である。

私の魂は愛の子、光の子である。

ここは唯一の神と神の子が住む神の国である。愛の国である。光の国である。

神の子の思考による創造の国。幻の国である。

この世界はすべて神で出来ている。愛で出来ている。光で出来ている。

 

物質と呼んでいるものも神で出来ている。

エネルギーと呼んでいるものも神で出来ている。

全ては一つの神で出来ている。

全ては愛で出来ている。

すべては光で出来ている。

全ては一つの存在で出来ている。

全ては一つの単一体である。

分割不可能な単一体である。

神は単一体である。

 

すべては物質であるゆえに唯物論

すべては心であるゆえに唯心論。

すべては意識ゆえに唯識