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hukaginoninnsikiの日記

明白で疑うことのできないほど明確な認識を追究する

工学の価値

工学の価値

20歳頃、私は、工学の価値とは何かという疑問を抱いた。科学技術、工学の世の中に与える影響の否定的な面が多く目について来たからだ。便利な技術であるが、交通事故が多かったり、戦争に使用されていたりする。人類にとって、それはプラスなのかマイナスなのかと比較し、むしろマイナスの方が多くないのだろうかと思うようになった。

疑問を自分では解決出来なくて、分からないので、とうとうA先生に「工学の価値とは何でしょうか」と聞いてみた。すると、A先生は「分からない。しかし、B先生に聞けば何かしら言ってくれるだろう」と言われた。早速私は、B先生に会いに行って、「工学の価値とは何でしょうか。」と質問すると、B先生は「それは工学の問題ではない。それは座禅して20年も座れば分かるだろう。」と「しかし、坊主になってから、答えが分かったとしても仕方がない。工学に身を置いていて、分かる事が良いのだ。」と言われた。

B先生のお話を聞いて、私はやっと気持ちが落ち着いた。ずっと死ぬまで解決できない問題かも知れないと私は思っていたが、20年座れば良いんだと思ったからだ。とにかく言われた通りにやってみようと思った。それがきっかけとなって私は座禅を始めた。

B先生から紹介して頂いたお寺に行って座禅会に早速、参加するようになった。そのお寺の座禅会では、早朝30分間座禅してから般若心経と白隠禅師座禅和讃を唱えた。その後、大学に通学した。

暫く続けていると、そのお寺の紹介で、専門道場のあるお寺の座禅会に行く事を勧められた。1日に30分間だけでなく、本格的に何日間か続けて座禅するという事であった。その専門道場のお寺の座禅会は大学の夏休み中に開催されたので参加する事ができた。

参加した座禅会では、朝昼晩に座禅があり、途中休憩と掃除をする説明があった。また座禅会の期間中は隣の人と話をしないようにと注意があった。

座禅のやり方は、両足を組む結跏趺坐、片足だけを組む半跏趺坐、正座のうちのどれでも良いと言われた。私は体が硬くて足が組めなくて、結跏趺坐は出来なかったので、半跏趺坐にした。手は、握手する時の様に左手で右手を掴んだ後、手や腕の力を抜いた。腰骨を立てて、背筋を真っ直ぐに伸ばし、顎を引く。目は、半眼で開けたままにして、楽に見える一点を決めて、そこから視線を動かさない。呼吸は腹式呼吸で、ゆっくりと息を吐きながら、「ひとーつー」と数える数息観と呼ばれる方法を教えてもらった。息を吐ききったら、ゆっくりと息を吸い、吸い終わって、次の息を吐くときに「ふたーつー」と数えて、10まで数えたら、また1に戻り、それを繰り返すのである。

一日の内に朝昼晩と何回も座禅を続けていると足が痛くなった。途中休憩や掃除の時に足を伸ばす事が出来て、足を動かせるだけでありがたいなあと私は思った。

この頃だと思う、出来るだけゆっくりと長く息をすると長生きすると私は教えてもらった。呼吸を遅くする事に集中していると夏の暑さと冬の寒さをそれ程感じなくなった。冬の禅堂で過ごす時に薄着でも私は冬の寒さをそれ程感じないでいる事ができた。夏も汗をかく事が私は少なくなった。山に登る時も私が呼吸をゆっくりと行っていると疲れが少なく感じた。呼吸に集中する事で環境に適応する体の能力が高まるのだと思う。

 

座禅会

その頃、座禅会に参加して色々な人と出会った。木と話が出来る人とも出会った。その人が座禅中に見ると木が話しかけてくるという事だった。その人は好きな女の子が100m以内に近づくと、近づいた事やそこに居る事が分かると言っていた。私は、そいう事もあるのだなあと思った。私はそういった事をまだ体験していない。いつか、テレビを見ていると、霊感の敏感な人が出ていた。その人は人に会うと直ぐに、どんな考えを持っている人なのかが全て分かってしまうという事であった。その人の祖母もそういう能力のある人であったそうである。世の中には色々な人がいるのだなあと思った。