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hukaginoninnsikiの日記

明白で疑うことのできないほど明確な認識を追究する

栗植えた

栗植えた

竹を刺して立てて栗の木をひもで固定した。

根を開き、近くの土をスコップで載せて山を作り植えた。

藁で周りを囲み保護した。3月4日

木の植え方をまとめよう

木の植え方をまとめよう

植える位置に深さ10cmちょっけい20cmの穴を掘る

穴の中央に直径1cm長さ150cmの竹を立てる。

植える木を竹に沿って立てて、木の根を十分に広げる。

麻ひもで木を竹に2か所で固定する。

木に藁を播く。

藁を3本くらいの藁でまいて固定する。(寒さ対策)

 

思考の物質化

密度が臨界値を超えると物質化する。

思考が重ね合わさり繰り返し思考し続けると

固定したイメージが安定して保持される。

形成されるイメージそのままの物質化が起こる。

 

思考の世界では思考した瞬間に実現しているが、3次元世界では、

思考を繰り返し密度が臨界値を超えた時に飽和して物質化する。

飽和点を超えるまでに時間がかかる理由である。

神は思考により創造する。

思考した瞬間に思考の世界では実現する。

物質世界では思考密度が臨界値を超えるまで思考を繰り返す必要がある。

臨界密度を超えると物質化する。

思考の繰り返しによりエネルギー密度の上昇がおきる。

臨界密度に到達した時に物質に変わる。

物質として3次元世界に出現する。

物質化する。

現実化する。

心の底に描いているイメージどうりの人生を送る。

心の表面と心の底とでイメージの違いがある。

ジャガイモ超浅植え

じゃがいもで黒マルチで土寄せしない方法があるという。

これも試したい。

 

ジャガイモ超浅植え(じゃがいもちょうあさうえ)

 

福井市の三上貞子さんが考案した、ジャガイモの超小力栽培法。

 

種イモがかろうじて埋まる程度に浅く植え付け(頂芽は下向き)、黒マルチをかけたら、追肥も土寄せもしない。収穫は拾うだけ。これでジャガイモがゴロゴロとれる。「土寄せの頃は田んぼが忙しいから、このやり方はとっても助かる」という声多数で喜ばれている。

 

ジャガイモは種イモの上につく(図)ものなので、土寄せは必須かと思われていたが、黒マルチで暗くしてしまえばイモは地表面でもつくということのようだ。イモが土の中に埋まっていないせいか、この栽培だとソウカ病が少ないという農家もいる。

 

浅植え栽培では、地上部が枯れてから収穫するとマルチに日が当たってイモが日焼けするので、葉がまだ青いうちに収穫するのがコツ。

 

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「土寄せ・追肥・掘り取りいらず! ジャガイモの超浅植え栽培」 13年3月号11ページ 

 

(種芋よりも上に芋ができると聞いたことがある。)

溝に水が溜まるのでその水位より上に種芋が置かれることと種芋よりも上に芋ができるから土の深さは10cmくらいと言われてきた。超浅植え栽培ならば表面に置いとくだけでいいことになるね。

土寄せしないで黒マルチということか。

じゃがいもの保存は米袋の紙袋が良いという光を通さずに空気を通すからだそうだ。ダンボール箱と同じかもしれない。

さつまいもは発泡スチロールの箱で良かったと聞いた。

さつまいもは新聞紙でくるんでダンボール箱に入れとくと良いと聞いた。

さつまいもが好きである

さつまいもが好きである。去年100株植えたけど少なかった。

株間30cmで30m植えた訳でもう少し200株くらいが適量であると思った。

ひと株に3本くらいしかなかった。無肥料栽培でやった。

 

さつまいもの天ぷらが好きである。

天ぷら油も自給したいから今年はのらぼうを植えてみようと思う。

のらぼうが美味しいと本に書いてあったからである。

 

去年、畑の排毒のためにはソルゴーを植えると良いことを知り蒔いてみた。

できれば、株間を10cmぐらいが良かったみたいで、実際やっていたのは、詰めすぎて株間3cmくらいになっていた。見ているだけで間引きしなかった。どうなるのか観察するだけだった。詰めすぎて伸びなかった。しかし冬までもっていた。冬の寒さに耐えているようであった。

 

もう一つ、10月に本を読み、9月に麦を植えると良いことを知ったが、遅れて11月頃ライ麦を蒔いたので、成長が遅れた。なんとか芽を出してくれたけど済まないなあと思った。麦と大豆をまくと排毒して窒素も供給してくれるそうである。

とすればソルゴーかとうもろこしを春4月にまき、9月に麦をまくということを繰り返すのがいいと知った。そして排毒するのである。3年ぐらいでほかの好きな野菜へ移行すると良いのではないかと思う。とうもろこしのほうがソルゴーよりもお金になるという点がいいのでは。おいしいし。まだ食べていないからおいしいかどうかはわからないか。ひまわりの種も美味しそうだからひまわりを定植するのも良かったかもしれない。

昔田んぼに使っていた畑で無肥料栽培しようとすると排毒が必要という。

肥料分を抜かないと無肥料栽培ができないからである。

新しく無肥料栽培をし始めるときにどうすればいいのだろうというところの知識が欲しいから、まずは自分のために調べてここにブログに書こうと思う。

誰かの役に立つだろう。自給自足を目指す誰かの役に立つと思う。まず自分に役立てないとね。

色々不備があるなあと思う。

とうもろこしも蒔いたけれども、鳥に食われてしまった。ひまわりもそうだ鳥に食べられてしまって花も見れなかった。

今年はビニルハウスでとうもろこしを育てて双葉の時期に鳥に食べられないようにしてからトウモロコシの苗を植えようと思う。そしたら収穫まで行けるだろう。とうもろこしは畑の肥料分を吸い取ってくれるという。ソルゴーと同じ働きがあるのと、市場で売れるだろうと思っているからだ。それにとうもろこしが好きだから食べたいからだ。固有種を植えることにした。

ほかのも固有種を揃えた。野口種苗研究所で揃えた。

 

いのちの種を未来に

いのちの種を未来に

 

 

固定種野菜の種と育て方

固定種野菜の種と育て方

 

 

 

 

 

ブログの喜びは井戸端会議の喜びと同じではないか

ブログの喜びは井戸端会議の喜びと同じではないか

「ねえ何かいいことない」

と話を聞きに来る人情による。

いい話を聞きたいとみな思うのである。

いつ来ても楽しいと思うならそこは天国になるね。

「私は存在する」この命題を否定することはできない

「私は存在する」この命題を否定することはできない。

否定するには3つの要素が必要である。

否定する対象、否定する主体である自己、否定そのものである。

否定しようとするとき、否定する主体である自己は存在していなければならない。

もしも、否定対象として自己の存在を選んだら、

自己は存在しないと主張することとなり、

主体として存在しなければならぬ自己が存在しないという矛盾に落ちてしまう。

ゆえに自己は存在する。

「私は存在する」この命題を否定することはできない。

意志の自由が発揮される思考の中でただ一つ不可能であること、

それは、自己の存在を否定することである。

 

ここでいう自己は思考における自己すなわち魂である。

目に見えない魂は目に見えない性質を保持し続ける。

目に見えない性質は変化しない。

ゆえに魂は不変である。

肉体が死ぬとき、自己は存在する。魂は存在する。

肉体が生まれるとき、自己は存在する。魂は存在する。

常に自己は存在する。常に魂は存在する。

ゆえに前世が存在する。過去生が存在する。未来世が存在する。

人は輪廻転生を繰り返している。

前世記憶は存在する。

前世療法は存在する。

あの世は存在する。

死後の世界は存在する。

幽体離脱は存在する。

 

見たところ私は物体である。私の魂は目に見えない。

私は肉体と魂である。

見たところ宇宙は物体である。宇宙の魂は目に見えない。

宇宙は肉体と魂である。

宇宙の魂を唯一の神と定義する。

唯一の神は存在する。

私の魂は唯一の神の一部である。

私の魂は唯一の神と一体である。

私の魂は唯一の神の分霊である。

私の魂は唯一の神の似姿である。

私の魂は唯一の神と共同創造する。

私の魂は唯一の神の子である。

唯一の神は思考により創造する。

唯一の神の子は思考により創造する。

ゆえに思考は現実化する。

 

私の魂は唯一の神と一体である。

何物よりも私の魂の近くに唯一の神が存在する。

ゆえに私の魂と唯一の神とは親密に語り合うことができる。

私の魂と唯一の神は肉体よりももっと近くに親密に存在している。

すべてが神で出来ているのであり、神は愛であり、光である。

私の魂は愛の子、光の子である。

ここは唯一の神と神の子が住む神の国である。愛の国である。光の国である。

神の子の思考による創造の国。幻の国である。

この世界はすべて神で出来ている。愛で出来ている。光で出来ている。

 

物質と呼んでいるものも神で出来ている。

エネルギーと呼んでいるものも神で出来ている。

全ては一つの神で出来ている。

全ては愛で出来ている。

すべては光で出来ている。

全ては一つの存在で出来ている。

全ては一つの単一体である。

分割不可能な単一体である。

神は単一体である。

 

すべては物質であるゆえに唯物論

すべては心であるゆえに唯心論。

すべては意識ゆえに唯識